詩吟の歴史
詩吟の流れ
★邦楽と言葉
日本は言霊信仰の国だとよく言われます。
(日本の国は言霊が幸いをもたらす国です。どうか私が言葉で「ご無事でいて下さい」と申し上げることによって、どうぞ無事でいて下さい)
これは「万葉集」での柿本人麻呂の歌です。日本は言霊が力を授けてくれる国であると人麻呂は言うのです。「言霊」とは言葉に魂がこもっているということです。言霊は発声されて初めてその霊力を発揮するということです。極端に言えばその言葉の意味などどうでも良いのです。言霊にはその音の響きが必要なのです。
紀貫之による「古今集・仮名序」冒頭に次のような有名な文章があります。
『和歌(やまとうた)は人の心を種にして、万(よろず)の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事(こと)・業(わざ)しげきものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひいだせるなり。花に泣く鶯、水にすむかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地(あまつち)を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女(おとこおんな)のなかをもやはらげ、猛けき武士(もののふ)の心をもなぐさむるは、歌なり。』
ここで紀貫之が言っているのは文学としての和歌というよりは、声に発して詠まれる和歌のことです。と言うか・当時の和歌は声に出して詠まれることを前提としたもので、文字で記録されることは二次的な意味でした。和歌を詠むということは、ある種の節付けをして朗誦するもので・それは純粋な意味での音楽ということではありませんが、まさしくそれは 「歌(うた)=音楽」なのです。
「力をも入れずして天地(あまつち)を動かし・目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ」ということは、 朗誦=歌(うた)としての和歌の響きによって引き起こされる言霊の力です。その音の響きが必要なのです。その音を朗々と さらに効果的に響かせるためには節付けが必要です。必然的にそれは音楽に近いものになるのです。
このことは邦楽の伝統音楽に歌唱を伴うもの(声楽)が圧倒的に多いことに関連していると思われます。笛や琴のための・いわゆる純粋器楽ももちろん邦楽にもありますが、それは邦楽の本流をなしてはいません。邦楽の本流は声楽であり・それは言葉に強く結びついているのです。
日本の音曲では語尾を伸ばして震わせて歌うという独特の技巧が見られます。そうした古い形が伝承されているものに平家琵琶があります。その冒頭「祇園精舎の鐘の音」ですが、「ぎおォ~ォ~ォ~んしょ~おじゃのォ~ォ~」という風に声を微妙に震わせます。
これは何気なく聞くと気が付かないかも知れませんが、実は規則があるのです。「ぎィ~ィ~おんしょおォ~ォ~じやァ~ァ~ァ~の」と語ることはないのです。こうした語り方をすると 言葉は分解してしまって形をなさないのです。ご注意いただきたいのは、ここでは「形をなさない」と書きましたので・「意味をなさない」とは書いていません。言霊にとって大事なのは言葉の意味ではないのです。言葉が響きとして形をなし・言霊の霊力を発揮するためには、言葉が形をなさねばなりません。
音を伸ばし・震えさせる(または転がす)のは、言葉のどの部分でも伸ばしていいのではないのです。言葉の響きが形をなすために 音を伸ばすのはそこしかないという箇所があるのです。名詞・形容詞の場合は、それは必ず二字目です。例えば「諸行無常」は「しょぎょォ~ォ~ォ~むじょォ~ォ~ォ~」とは伸ばすことはできても、「しょォ~ォ~ォ~ぎょうむゥ~ゥ~ゥ~じょう」と伸ばすと変に聞こえるのは感覚で分かると思います。音を伸ばし振るわせるのは必ず二字目起しの箇所なのです。助詞の場合はそういう制約がなくて、自由に音が伸ばせますから、日本の音曲では歌詞の語尾がたいてい伸びて震わされています。
「詩吟」(漢詩のみ)と「吟詠」(漢詩・和歌・俳句・新体詩を含む)を区分する説もある。
★吟詠の源流
立証資料がほとんど現存しないので、源流を明確にすることは極めて難しく以下は推論である。
「詩経」はすべて歌われた詩(孔子皆之を絃歌す)で、これは古代のどの社会でも同様であり、詩と音楽は双生児のような関係だった。
音楽の源流を仏教音楽「
時代が下り 琵琶の伴奏で平家物語を謡う平家琵琶(平曲)・薩摩琵琶・筑前琵琶が、現代吟詠の基盤となった。財団法人日本吟剣詩舞振興会二代目会長・笹川鎮江先生は筑前琵琶の演奏家(笹川旭凰)であり、その吟詠には琵琶の節付けの影響がみられる。
★現代吟詠の発生
現代吟詠は江戸時代末期に起り、広瀬淡窓の影響が大きく現行吟詠の祖といっても過言ではない。幕末になり勤王の志士達が詩を作り吟じた(がなり節)ことが、詩吟の普及に寄与したことは想像に難くない。
明治維新になると西洋文明中心となり、漢詩・吟詠ともに衰退した。その復興は大正末から昭和にかけてである。吟詠指導の旗揚げをしたのは、渡辺緑村・ 木村岳風・宮崎東明・吉村岳城らである。昭和13年「大日本吟詠連盟」が創立され関西では「関西愛国詩吟連盟」が作られ、翌年には両連盟が提携して大会を開催したのを機に「日本詩吟総連盟」が結成され、日本邦楽界の仲間入りはできないながらも世間に詩吟を認知させた。その後、剣詩舞も含め諸団体の結成がつづき、日本船舶振興会の出資により「財団法人・日本吟剣詩舞振興会」(初代会長:笹川良一)が誕生した。
昭和中期には青年学徒の士気鼓舞に奨励されたが、敗戦後は軍国主義イメージがあり愛好者が激減した。その後は徐々に復興
我が岳精流日本吟院は、祖宗範・木村岳風先生直系の家元・横山岳精先生(初代宗家)により、昭和52年(1977)10月4日に創流された。
最近では芸能的要素が濃厚になる(オーケストラ伴奏・歌謡曲・民謡・唱歌などの採り入れ)とともに、舞台化(剣詩舞吟・華道吟・茶道吟・書道吟・構成吟)も盛んになった。
昔の吟詠と今日の詩吟の違いは、怒鳴る吟から歌う吟へ、曖昧自由な音程・音階から正確な陰音階で、個性豊かな吟から画一的な吟へと変化しました。さらに言えば「駄目な吟」が少なくなったが、「面白い吟」も少なくなった。
上記の「詩吟の歴史」を音声で辿ってみましょう。 プレイリストはこのページの最下部にあります。
吟詠の系譜
上図は田中健次著「図解・日本音楽史」(東京堂出版)より抜粋させていただきました
01.仏教音楽・声明「舎利讃歎」
音楽の源流は仏教音楽・声明にあるとされるが、この声明は仏舎利(仏陀の遺骨)の功徳を讃えた和讃で、天台宗慈覚大師円仁の作と伝えられ、のちに真言宗南山進流にも移入された。この声明は南山進流のものである。
02.雅楽「太平楽(急)」
毎年4月22日大阪四天王寺の聖霊会で演奏されるもので、4人の男性が鉾や金の太刀をもって舞う楽舞。
03.催馬楽「伊勢の海」
朗詠と深い関わりをもち、現在もおめでたい曲として正月によく演奏される。「句頭」と呼ばれる歌出し部分は一人が独唱し、つづいて「付所」といわれる部分は数人で斉唱される。
04.朗詠「春過」
形式が催馬楽ときわめてよく似ているが、朗詠は催馬楽ほどには声楽的な完成を求めない。この歌は「和漢朗詠集」にもみられる。
05.越天楽今様「須磨琴(春のやよいの)」
比較的早い時期に声明(和讃)の影響を受け、当時(平安後期〜鎌倉)の現代風な歌謡。この越天楽今様は貴族的な今様で、雅楽のメロディに乗せて歌われている。今様は幅広い階層で歌われ、九州博多の今様が俗謡化し、のちの「黒田節」に変化した。
06.平曲「祇園精舎」
和漢混淆文学の傑作「平家物語」を語る音楽が「平曲」で、盲目の琵琶法師によって語られた。のちの薩摩琵琶・筑前琵琶とともに、江戸時代の吟詠にも影響を与えたものと考えられる。
07.詩吟「桂林荘雑詠諸生に示す(一)」(清浦奎吾)
吟者・清浦奎吾は故・広瀬淡窓の咸宜園に学び、大臣を歴任したのち大正13年清浦内閣を組閣した。吟風は咸宜園系で、後の吟詠にかなり近い詠唱法(二句三息)である。塾生によって、この詠唱法は全国各地に伝えられたと思われる。
08.薩摩琵琶詩吟「本能寺」(榎本芝水)
詩吟は琵琶演奏者に普遍的に好まれ、琵琶曲の中にしばしば詩吟が挿入された。旋律は変化に富み派手で、現代の吟詠にかなり近づいていることがわかる。
↓ 薩摩琵琶「白虎隊」(詩吟の部分)
09.吟詠「舟由良港に到る」(木村岳風)
大正〜昭和初期にかけて、吟詠界には我が岳精流の祖宗範・木村岳風先生はじめ渡辺緑村・宮崎東明・吉村岳城らの人材が輩出し、レコードやラジオの普及と相俟って現代吟詠の土台が築かれた。
10.吟詠「九段の桜」(鈴木吟亮)
薩摩琵琶をよくし、「白虎隊」で歌謡吟詠の先駆をなした。
11.吟詠「短歌・敷島の」(伊藤一誠)
薩摩琵琶の吉村岳城門下生で、特に短歌の朗詠で一派をなした。
↓ 短歌朗詠「静御前」
12.吟詠「俳句・雀の子」(糟谷耕象)
昭和7年JOAK第一回詩吟新人コンテストに合格、俳句朗詠の開拓者である。
13.吟詠「中秋の月」(瓜生田山桜)
女性吟詠家で徳富蘇峰に師事した。⇒ 瓜生田山桜
14.吟詠「春夜」(安倍秀凰)情緒的吟風で知られる。
15.歌謡吟詠「西尾城懐古」作詩・吟譜・唄・吟詠は三河岳精会々長 深浦精正
16.茶道吟(渡辺岳神)
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★音声資料は出版図書「吟詠の系譜」から引用させていただきました(承認済)
★日本吟剣詩舞振興会HP「吟剣詩舞とは」が参考になると思います。
★日本音楽史の中で初めて(?)「詩吟」が採り上げられたのが図書「図解・日本音楽史」(東京堂出版)です。ご参考になると思います。
★財団法人日本吟剣詩舞振興会発行・月刊誌「吟剣詩舞」(2015年8月号より「吟と舞」に改称)には石川健次郎先生が8回(最終H23/6月号)に
亘り、吟詠のルーツを訪ねて『吟詠家のための日本音楽史』を執筆しておられます(吟詠と同じ性格を持った『吟じもの』ジャンルもあることを
提案されているのでご覧下さい。
このページの最終更新日時:2020-04-02 (木) 13:03:42