俳句入門

この解説は、芳賀勝風先生(豊田大島教場)のご提供によるものです。(俳号:松里)


初心者の為の俳句入門(第一章)「俳句には約束事が三つある」  
俳句入門に入る前に私が俳句を始める様になった事からお話したいと思います。
昭和四十五年一月私が二十六歳の時、内臓疾患を患い豊橋市民病院に長期入院をしてしまいました。病室は四人部屋でベットが二つ空いており、ある日四十五歳位の患者が私の隣のベットに入院されました。
その方は手帳と本を持参されて、毎日書き物をされているので何をしているか尋ねた所俳句を作っているとの事。「毎日退屈しないで済みますよ」と言われ、興味本位で作り方を尋ねて見た所《俳句には約束事が三つある》との事。
 一つ目は俳句の言葉は十七字とする。
 二つ目は季語を入れる。(春夏秋冬が解かること)
 三つ目は一句の中に「や」「かな」の切れ字を併用しない事。
「この三つの約束を守って言葉を並べれば俳句になるよ。何も難しいことは有りませんよ。」との言葉を貰い、作ってみた所、何とか形になったと思いましたが季語を何にするか悩む所があったので先生(隣の患者)に確認すると「歳時記」を貸して戴いた。歳時記には春夏秋冬と新年の言葉が沢山あり、その中から良い言葉を探し、当てはまる季語を見つけ俳句としました。初めて作った俳句は沢山直されましたが忘れることが出来ない一句です。
【添削前】 ドア開ける妻の手を見る皹痛み        
【添削後】 病室に皸の妻娘を背負ひ 
添削前と添削後では俳句の響きが違いますが非常に印象に残っている俳句であります。
昭和四十四年十二月に長女が生まれて、昭和四十五年一月に入院しましたので、二ヶ月ぐらいしか経っていない乳飲み子を連れて見舞いに来る妻を申し訳ないと思いながら作った経緯があり、その時から日記の代わりに俳句を作っている次第です。
次章から俳句入門の具体的な事例を挙げながら紹介して行きたいと思います。


初心者の為の俳句入門(第二章) 「俳句の言葉十七字」 
第一章でお話しました俳句の基本的な約束事の三つをお話しました。第二章では俳句をなす言葉十七字についてお話したいと思います。俳句に似ている短歌は十七字プラス十四字で三十一字で成り立っています。俳句と短歌は似ている様で一番違うと言っても過言ではありません。
短歌は自分の心を表す叙情が主なことになっておりますが、俳句は景色を表す叙景なのです。決して心が無くては表せませんが、心を表に出さず、景色に訴えて出す、俳句はそういう行き方なのですから、短歌から俳句の勉強をされる方はその点をわきまえて下さると良いと思います。俳句は何処までも伝統を守って、その中に自然に自分たちの生活を読み込んでゆくものだと思います。あくまで三つの約束は守ってゆくのが鉄則ですが、もう一つ自分の感情を表にさらけ出さない事も大切です。これが根本の規則です。ですからこの規則を守って作れば俳句ほどやさしいものは無いわけです。 
俳句は空想で作る物では有りません。目に見えるもの、聞こえるものを写生することこそが私達に課せられた俳句の上での第一の心得だと思います。
私が所属する伝統俳句は明治に確立された正岡子規の流れを継ぐ高浜虚子一門に所属しており、季語を重んじて季語の無いものは俳句と見なされない事になっております。又、基本的には旧仮名使いを使う事になっています。
例えば
新仮名使い「富士山の四季おりおりの古暦」
旧仮名使い「富士山の四季をりをりの古暦」
となります。新旧の解からない時は広辞苑で確認すれば明確に書かれていますので参考になります。良い句を思い付いても覚えておくことは難しいので必ずメモなどに書いておく事をお勧めします。私は携帯電話にメモしておきます。次は第三章の季語についてです。


初心者の為の俳句入門(第三章) 「俳句の季題の役割」 
季題の話をする前に第二章での俳句は十七字と言う事をお話しましたが、その内訳とは上五、中七、下五の文字で構成されます。
皆さん良くご存知の俳句に奥の細道の芭蕉の句で「夏草や 兵どもが 夢の跡」の有名な俳句がございます。季節は夏で季語は夏草」となります。では、第三章で本題の季題についての説明に入りたいと思います。
最初に今、中日新聞の平和の俳句を募集中でまだ一年間続く様ですが、この俳句は季題が無くても良い事になっておりますが、季題の無い句は中日新聞の平和の俳句のみに通用するものであると思って間違い有りません。
三つの約束事の内、二つ目は季題(季語)です。季題とは春夏秋冬の季感を表現するために、四季の移り変わりの現象、風物を十七字の中に必ず詠み込む様に定めた言葉で有ります。この季題もしばしば問題になっていますが、私は巡り来る季節の喜びに託して、かねての思いを掘り下げ、確かめて、一つの詩型として打ち出すのが俳句だと感じています。               
今まで無かった季題「ハロウイーン、バレンタイン」等は新しく追加されています。
四季の移り変わりの美しく優雅な日本で、季節を讃える詩といえる俳句の生まれたのは必然のことと思います。
たった十七字で思いを述べようとするのに、季題と言う私達の心をつなぐ共有語、共有感があって初めてお互いのゆとりのある、判り合える、広い深い世界に入ることが出来るのです。
この季題を集めて、それぞれ解説されているのが「歳時記」といい、季語だけの集まりを「季寄せ」と言います。これらが一冊手元にあれば、詩の内容による使い分けが可能となります。「歳時記」は季題の辞典として、俳句を作る用具として必要で、自分が物知りでもこの辞典には勝てません。次回の第四章では「切れ字」についてお話します。
【参照】 季語一覧


初心者の為の俳句入門(第四章) 「切れ字と助詞」   
俳句は十七字、季題と言う性格の上に成り立ちますが、その他に「切れ字」を入れる、或いは「切れる」と言うことが必要です。切れ字を文字通り表しているのは、十七字の言葉につく「」「かな」「けり」などです。
花散る 瑞々しきは 出羽の国    波郷
野分して 静かにも熱 出でにけり   不器男
鎌倉の 松杉さわぐ 二月かな     柳芽
これらの俳句の、や、けり、かな、が切れ字です。切れ字とは文字通り、そこで言葉が切れる字と言うことです。前記の波郷の俳句では、上五「花散るや」で言葉が切れて、中七、下五に続く訳です。不器男、柳芽の切れ字は、下五についていますから、この二つの俳句は、それぞれ上五、中七で述べたことを最後に言い切っている、とどめをさしていると言えるでしょう。別な言葉で言えば、切れ字のある所で言葉は切り離され、切り離された部分は、ちょうど竹の節を一刀両断して、読者の目の前に突き付けている様な形なので「切れる」と言う性格も俳句の特徴です。
菊の香や奈良には古き仏たち    芭蕉
この句は「菊の香や」に切れ字が付いています。それから「奈良には古き仏たち」と言葉が続いています。菊の香と奈良には古き仏たちが、どう言う関係にあるかは句の中では何も説明されていません。言葉の持つ情趣がそれぞれ微妙な匂いを持って独立しながら、それが一句の中で響き合い、交流し合い、高く複雑に協調をしているのです。
約束事の中で一句の中での切れ字は一つです。切らないと散文になってしまい俳句になりません。繰りかえしますが一句の中で切れ字」を二つ使ってはいけません。(中に例外あり)
助詞の使い方に注意が必要です。て、に、を、はを間違えると全く意味が違ってくるし、説明俳句になる可能性が大きくなります。
次回の第五章は俳句の応用編です。




【参照】⇒会員の頁→芳賀勝風(俳号:松里(しょうり))先生(豊田大島教場)の作品